20. パース
Perth


ひさしぶりの大都会

ウェスタンオーストラリア州はオーストラリアの約3分の1をしめる巨大な州、その州都がパースである。

シドニーから4300km、飛行機でも4時間半もかかる。パースからだとシドニーへ行くよりもインドネシアや

シンガポールの方が近い。オーストラリアがいかに大きな国かがわかる。

これまでに通ってきたダーウィンやブルームが町だと言っても人口は数万人程度、パースは

人口120万人だからまさに大都会。南極の昭和基地へ行く越冬隊員達が毎年暮れに寄港するのも

パースにあるフリーマントル港。

パースを州都とするこのウェスタンオーストラリア州は天然資源が豊富で、オーストラリアの財政を

大きく支えている。

シドニーやメルボルンから来た飛行機や列車は「東からの便」と呼び、陸づたいにこの州へ入る時は

検疫所があったりと東部から入ってくる物はまるで輸入品扱い。(笑)

「人口は15%しかいないのに、税金は25%払っている、政府がガタガタ言うならいつでも

 独立しますよ」


と鼻っ柱の強いところである。




あと一歩というところで・・・

前の日記から続いて、今回もROOKIE、NOBUさん、MAKOさん、エグッチャン、ザルのメンバー

でパースを目指して走っていた。ツーリングをしているといろんな情報が入ってくるもので

パースには「RBP」と呼ばれるバックパッカーズにライダーが集結しているらしい。

パース入りした日は雨だったが、あと少しというのでがんばって走っていた。さすがに巨大都市、

中心地まではまだ距離があっても信号あり、ビルもありの町らしい町になってきた。もう少しだ、

と思ったその時、エグッチャンがスローダウンした。

バイクトラブルらしい。エンジンはどうもないのだが、アクセルをふかしても動力が伝わらない。

みんなでいろいろ調べてみたけど、お手上げ状態。しかし目的地は目前だったので、

なんとかエグッチャンのバイクをRBPまでは運ぼうと言うことに。

日本にあるJAFというのをご存じだろうか、自動車が故障した場合に救援にかけつけてくれる

組織である。オーストラリアにも州ごとに名前が違うが同じような組織があって今回はその

お世話になることに。バイクが止まってしまった場所の目の前にある会社らしき建物に

入っていってそこの社員に事情を話す。

"My friend's bike was broken, I can not speak English well, so could you ring up to
 RAC in stead of us"
(ここでは自動車救援組織の名前はRACと言う)

「友達のバイクが壊れてしまいました。私は英語があまり話せません、恐れ入りますが私の
 代わりにRACQに電話をかけて救援依頼を していただけないでしょうか?」 と。

するとNOBUさんが「ROOKIE、英語が話せませんって流暢な英語でしゃべってたなぁ。」やって。(笑)

数十分後RACがやってきた。エグッチャンのバイクを車に乗せてみんなでRBPへ向かう。




ベッドで眠れる

ようやくパースでの宿、RBPに到着した。噂に聞くとおり僕たちのようなツーリングライダーが

いっぱいだ。ここは一泊$10ほどだったが、1週間分まとめて払うと安いとか。みんなここでは

ノンビリするつもりだったのでみんなで一週間分の料金を払った。部屋は2人部屋で僕は

MAKOさんと一緒になる。NOBUさんはエグッチャンと一緒。

ベッドで眠れるなんて何日ぶりだろう。ギブリバーロードの最終日に泊まった牧場以来だ。

毎日テント生活をしているとそれが当たり前になってくるので、ベッドで眠ることが逆に違和感がある。

ここには以前にも一緒になったことがある旅人も何人もいて、大にぎわい。

バックパッカーズは1階が酒屋兼レストラン、2階が宿となっていて、1階のレストランがまたいい

雰囲気なのよ。薄暗い明かりの中、各テーブルにはグラスの中にローソクが灯してあって。

ビリヤード台が1台だけ置いてある。

しかも食事の料金が安い!! 僕たち貧乏ライダーにとっては自分で食事を作らなくても安くて

ボリュームがある食事を得られると言うのはとても嬉しいことだった。

食後はビリヤードに熱中する。みんな初心者だったが、オーストラリアで覚えた腕前を競い合う。

シドニーでは1ゲーム$2だったけど、ここはたったの¢60。

日本でもビリヤードはほんの少しだけやったことがあったけど、オーストラリアでずいぶんと

腕前が上がったように思う。


かっこいいでしょ?RBPの廊下で。後ろを向いているのはMAKOさん。
ちょっとコワイよね。(笑)
MAKOさんの髪型を見て、
「いいなぁ それ」
って言ってたら自分はこのようになりました。

右から2番目はザル。ハードジェルたっぷり
つけて髪の毛を後ろに流してます。

そして私ROOKIE、一番左がコージくん。
コージ君ってとってもファンキーな青年やったのに
なぜかこういう写真しか残ってないんです。




変人2人
左がROOKIEで、右はキョーコちゃん。

キョーコちゃんはブルームでみんなにヨットの
乗り方を教えてくれた師匠。
しばらくご無沙汰だったが、ここの宿で再会。
変な髪型をしている僕を見て

「いいなぁそれ、私もやってほしいなぁ」やって。
そこでMAKOさんが腕をふるってキョーコちゃんの
髪を切ってくれました。
この日以来彼女のあだ名は「稲妻お京」に。(笑)

こんなの日本じゃぁできないよね。
懐かしい。








毎日が遠足

パースにはどっぷり腰をおろして遊ぶことにしていた。まずはバイクの整備から。

タイヤやチェーン、エンジンオイルの交換。次の大きな町はアデレードまで3000kmほどないのでここで

しっかり整備しておく必要がある。バイク屋をまわったり、中古部品屋に行ったり。みんなで行くので

これまた楽しい。それからも博物館に行ったり、お祭りをやっていたフリーマントル(港町)へ行ったり。

フリーマントルのバーで飲んだ「アンカー」って名前の地ビール、うまかったなぁ。今度パースへ

行ったら絶対に飲みにいきたいよ。

GPOへ行って自分宛の郵便物を受け取ったり。宿から歩いてすぐのところが街の中心地である

ショッピングモールなのでとてもにぎやかだった。そして夜はみんなでレストランで食事。

ビリヤードして、ワインやビールを飲んで。 みんなでカツカレーを作って宿の旅人達にふるまったり

したこともあったなぁ。

モデルになった2人
MAKOさんと2人でフリーマントルを歩いていたら通りがかりの
写真家らしき人に声をかけられた。

「ちょっと写真撮らせてくれない?」

オーストラリアだからできた髪型だからといって、オーストラリア
でもこんな髪型の人なんていない。(笑)

2人がよっぽど奇妙に見えたんだろう。線路をまたぐ跨線橋の上で。

パースから約250kmほど離れたところにピナクルスと言う名所がある。かつては森林だったところが

石化してまるで荒野の墓標のよう。

RBPに荷物をおいて一泊分だけの装備でみんなでピナクルスへ行った。

日本でも北海道の野付半島にかつての原生林だったトドワラと言うのがあるが、このピナクルスは

それよりもずっと年月が経っているのか完全に石になっている。

まぶしい光
これがピナクスル。
木と言っても根元のほうしか残っていないが、
広大な砂丘の中に転々と存在する。
かつてはここも緑豊かな原生林だったのだろう。











すぐ向こうはインド洋。
海水面が上がって塩に侵されたのか・・・

もし一人で来ていたらとても寂しい思いを
したことだろうなぁ。

真っ白な砂丘と真っ青なインド洋がとても
対照的だった。








楽しかった35日間

パースでの毎日はあっという間に過ぎて行った。何日も滞在していたので街の見所は

結構回ったか、オーストラリアの最果ての街でもこれだけ大きいと日本人も多く、

なんとカラオケ屋さんがあった。

旅仲間達みんなでカラオケ屋になだれ込む。もう飲めや歌えの大騒ぎ。

心の底からこんなにも笑って楽しめることなんてなかなかないやろうなぁ・・・


抱き合うコージ君とROOKIE
テンションは絶好調
もう何がなんだかわからない!! (笑)

感極まって抱き合うROOKIEとコージ君。

ROOKIEの右手に見えるミサンガは
サーファーズでもらったもの。それ以来
この3ヶ月間ずっとつけていました。
旅を終える前に切れてしまったけど・・・







誰が歌ってもみんな立ち上がってフィーバー
しまくり。踊り出したら止まらない!!

もう一回こういうノリのカラオケやりたいや。











MAKOさん、NOBUさん、ヒロ、エグッチャン達はみんなケアンズでも一緒だったメンバー、その時は

みんなまだ旅を始めたところで、お互いの無事を祈ってその場限りのつきあいだったけど、

何ヶ月にもわたって、また何千kmも旅してきてその間に偶然にも何回も会ったりしているうちに、

切っても切れない仲になってきた。

ブルームでまた久しぶりに会って、それ以来このパースまで約3000kmもの距離をずっと一緒に

走ってきた。

日付をさかのぼってみるとブルームからこれまでで35日間。

3ヶ月前の8月にシドニーを出たころは、今までに経験したことがない、また想像をはるかに

超えるであろう未知の世界へ旅立つ不安がいっぱいだった。1週間、2週間、また1000km、

2000kmと旅を続けて行くうちに少しずつ不安が和らいできて、自信が増してくる。それでも一人

だと寂しいもんで。走っている時はどうもないけど、特に夜、テントの前で食事をしながら

夜空を見上げる時は毎日毎日無性に寂しくなったものだ。

それを思うとこの35日間はまさしくパラダイスだった。不安など微塵もなく、毎日毎日楽しいことばかり。

しかし楽しいことはいつまでも続かない。元々は一人旅、いつかは別れる時が来る。

僕はこのパースを別れの場所にしようと思った。一緒に行こうと思えば行ける。しかしそれにしても

いつかは離れることになる、早いか遅いかだけのこと。もう十分いい思いはした、またこれからは

一人で頑張ろう、と思った。

「俺、こっからはまた一人で行くわ」

出発当日、バイクに荷物を一つずつ積み込んで行くと寂しさと、それを上回る悲しさが襲ってくる。

涙が出そう、でも自分で決めたことだしわかっていたこと。

僕の出発を見送りに仲間達が出てきてくれた。長渕剛の「二人歩記」と言う歌の歌詞をアレンジして

自分の思いを歌った。


    住み慣れた宿を今日限り引き払い  また次の場所へ行こうと思うんだ
    最後の荷物をバイクに積み込んだら  いろんな想い出がふと通り過ぎた
    一人旅の僕にみんなどんな時でも  涙するほどやさしさを持ってきてくれた
    だけど朝になれば夢が覚めるように  短いひとときが通り過ぎた
    昨日までの災いごとに  別れを告げドアを閉めて階段を下りる
    あぁ これからも幸せでありますように  そんな願いでバイクを走らせた
    時の狭間の想い出はおいて行こう



それじゃぁ 出発します
RBPで僕の出発を見送ってくれた仲間達。
当時20代だったみんなも今じゃ30過ぎて・・・

出発の時はほんとに泣きそうでした。
みんなありがとね。
出発地点でありゴールでもあるシドニーまで
あと5000km がんばるぞー




用  語  解  説
R B P バックパッカーズとは以前にも解説したがここでもう一度。
旅人向けの安い宿で1泊$10くらい(¥1000未満)が相場。
RBPとはライダーズ・バックパッカーズと言う意見もあるが、
元々はRoyal Bikers Pensionの略である。
オーストラリアを旅する日本人ライダーの多くが旅の間に情報を
得てパースではこのバックパッカーズに集結する。
旅人が集まる宿と言うのは各地であったが、RBPはその中でも特に
有名でバイクツーリストで知らない人はいないほどだった。
R A C 自動車協会の略称、州ごとに協会があってニューサウスウェールズや
クイーンズランドではRACQだった。
RACとはROYAL AUTOMOBILE CLUBの略。日本のJAFに入って
いればその会員証がオーストラリアでも使える制度だった。
思いもよらぬ故障やトラブルが多いので、ぜひ入会をおすすめします。
G P O General Central Post Office の略称
中央郵便局のこと。僕たちのように長期にわたって旅をする人は、
家族や友人などにあらかじめ「○月×日あたりには□□の町にいると
思う」と伝えておけば、その郵便局留めで郵便を発送し、身分証明書を
提示すれば旅先で自分宛の郵便物を受け取ることができる。
どこの町になんと言う名前の郵便局があるかはわからないが、
シドニーやパースのような大きな都市にはかならずシドニーGPOや
パースGPOと言う名前であるので大きな都市に限って利用していた。

来ているかどうかわからない郵便物を目当てに大きな町ごとへGPOへ
行き、そこで自分宛の郵便物があった時の嬉しさはまた格別だった。


次はパース〜カルグーリーです。観光地がいっぱい。 お楽しみに。

ツーリング写真館もどうぞご覧ください

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