24. ナラボー 2
Nullarbor 2

雨にたたられて

 昨夜雨で進めなくなってやむなくブッシュキャンプ。夕方にはまだ早い時刻にテントを張っていたが、

雨で外へ出るわけもいかず、かなり早い目に就寝。そのせいか翌朝は2人とも5時に目覚めた。

そのままテントをたたんで出発、幸い朝方には雨が止んだ。

「さぁ 今日もいっぱい走るぞっ!!」 

と気合いを入れたのもつかの間、わずか12kmほど走ったところで再び雨が降ってきた。

見渡す限りの大平原で雨宿りするところなんてどこにもないと思いきや、ちょうどこの地点には

ライムと言う鉱山資源を採掘している現場があって、人は住んでいるわけではないが、駅があった。

もちろん無人。

駅と行ってもほんとに僻地なので、まともに駅舎が建っているわけでもなく、前の日記にもあったような

物置みたいな小屋がポツンと一つ。とりあえずそこで雨宿りすることに。



ルーンガナ駅の物置小屋。 

昨夜は雨であまり眠れず、今朝からもまた雨に
たたられて顔がやつれているROOKIE。

右手前にある赤いブーツと、ROOKIEの目の前に
あるコンロ・コッヘル、それに水の入った
ペットボトルが自分の持ち物。
あとのがらくたのようなモノはこの小屋に
放置してあった。

ノートを1ページ破って、この時の辛い心境を書いて
この小屋に張っておいたが、誰か見ただろうか・・・







 朝7時にもまだなってない時にこの小屋に入ったのだが、それ以降雨がどんどん強くなり

「もう今日は走るのやめてこのままここに泊まろうか?」

ということになって、荷物を下ろしてのんびりしていた。 しかししばらくして雨が止んできて、

まだ朝のうちだったのでやっぱりまた走ろうということに。

荷物をまとめてバイクに積み込み出発だ。

このルーンガナというところ、先ほども書いたように鉱山資源の採掘現場で、人が住んでいる町と

いうわけではないが、作業員用の宿舎があって働いている人もいるようだ。

食料も水もまだ余裕があったが、今回のように雨のせいで足止めをくらったりしたら、万が一ということも

考えられるので、昨日から飲んだ分だけでも水を補給しておこうと、工場の方へ近づいていった。

案の定 人がいて、

「すいません、私たち旅の者でバイクでこのまま東へ向かって走るつもりです。
 水をわけてもらえないでしょうか?」

と言うと

「なんか食べてくか?」

と思ってもみなかった返事。ありがたくいただくことに。

ここの工場の話はあとで詳しく書くとして、この時は作業員用の食堂でなんとも豪華に熱いコーヒーと

パン、それにカスタードクリームがたっぷりかかったアプリコットまで食べさせてもらって感激!!

こんなにまともな食事をしたのは何日ぶりか、食料の補給もままならないキャンプ生活ばかりだと、

どうしても缶詰ばかりになってしまう。しかも缶詰も一缶 ¢30 (約25円)のイワシの缶詰ばかりと

言う質素なもの。

ここでのデザートまで出てきた食事にはほんっと涙モンのうれしさだった。

さらに食事の後にシャワーも勧められて、雨に打たれて冷え切った体を温めさせてもらった。

オーストラリアの人ってほんと人なつっこい人ばかりで、心のぬくもりを感じさせてくれる。

広大な面積をもち、そのほとんどが荒れ地であるオーストラリアで、ほんのわずかの人口しか

いないせいか、人間同士が助け合うと言う精神がとても強いように感じた。

ここの作業員さんが言うには、次の雨雲がまたカルグーリーに迫ってきているとのこと。

早くしないと追いつかれて、また雨に遭うかもしれないと言うので、丁寧にお礼を述べた後、

また東の地平線の彼方へ向けて出発した。




雨と戦う決意

 心も体も満タンになったところで余裕を持って走り出したが、これまでにすでに降った雨のせいで

地面はとてもぬかるんでいてかなり走りにくい。線路から少し離れたところにかすかに道のような

感じで草があまり生えていないところがあるのでそこを走っていたのだが、完全にドロドロになって

しまって板さんも自分も転倒。サイドの草木が多いブッシュを走ったりもしてみたが、こちらは話に

ならんくらい石がゴロゴロしていて、これまた走るどころではなかった。時速10キロくらいでやっと

走られるというくらい荒れ地である。もちろんサイドでも泥でぬかるんでいる。

板さんが4回目の転倒をしたところで

「もうあかんわ・・・」

と ついに走ることを断念した。先ほどのルーンガナから25kmの距離。

本日の走行距離はわずか37kmだった。

一晩の間に次の雨雲に追いつかれるのは必至だと思われたので、雨に降られてもいいように

あたりを見回して一番高そうなところにテントを張った。

普段ならそれでおしまいだが、今回ばかりは雨対策には念を入れて、テントの下にもシートを

もう一枚敷き、テントの上にはブルーシートを張ってフライシート代わりにした。


この時点ではまだ雨は降っていなかったが・・・

バイクの間にテントを張り、テントの上下にも
またシートと昨日までとは違って少しでも雨に
備えようと。

周りに少し高い木が立っているが、このような
大きさの木はとても稀で、この場所以外は
見える範囲にはまったくなかった。










水コーンフレーク

 空を見てもどこまでも鉛色の雲が広がっている、なんにもやることがなく、ぶらぶら散歩をしたりして

時間を過ごしていたが、夜になってついに雨が降り出した。 またか・・・

日本で普通の生活をしていて、日常雨が降るなんてことは何ら気にするほどのことでもない。

仕事中でも、外で遊んでいる時でも、家にいるときでも、何時間も雨を驚異に感じることなんて

そうそうはなく、たいていどこかに避難すれば雨宿りできる。またもし体や服が濡れたとしても

暖かい場所へ行くこともできるし、最悪でも何時間か後には服も着替えることもできるであろう。

だがナラボーは違う。積み荷を最小限にするために着替えはすべてアデレードへ送っている。

服が濡れても自然乾燥するまでそのまま着たままだ。テントの防水なんてしれたもの。もしかしたら

浸水してくるかもしれないし、だからと言って逃げ場はどこにもない。

バイクで走ることもできなければ歩いて助けを求めるにも最低25kmは歩かなければならない。

こういう状況の中にいると、神経が研ぎ澄まされるのか、たった一粒でも雨が降れば即座に

感じ取ることができそう。この日の夜は雨だけでなく雷まで鳴り出し大荒れの天気となって最悪。

狭い狭いテントの中で、時計を見てもいっこうに針は進まず、長い長い夜を過ごしてようやく

ナラボーでの3日目の朝を迎えた。

朝ご飯はオイルサーディンとコーンフレーク。コーンフレークと言っても牛乳なんてないので、コッヘルに

水をいれてそれにコーンフレークを入れて食べる。

コーンフレークは日持ちがいい食料として、ストックルートを走るライダーは結構重宝していたと思う。

また今自分たちが食べているように牛乳ではなく、「水コーンフレーク」と言うのも定番だった。




1本のタバコを・・・

 このナラボー3日目の一日はとても長い一日だった。

昨夜から降り出した雨は一晩中 止むこともなく、また朝になっても昼になっても降り続いた。

畳一枚分ほどしかなく、座っていても頭が天井に当たりそうな狭い狭いテントの中に男が2人、

外に出ることもできずテントの中でただじっと雨が止むのを待つのみ。

午後になって一旦雨が止み、ここぞとばかりに表へ出てそこらへんを歩き回った。なんにもなく、

どうしようもないのはわかりきったことだが、息苦しいテントから外へ出られたと言うだけで

とても嬉しい。だかしかし、30分もしないうちに再び雨が降ってきた。またテントの中での待機となる。

一日中テントの中で過ごすなんて、後にも先にもこの時だけ。できることならもうしたくない経験だ。

自分は今はタバコを吸わない人だが、オーストラリアにいる当時は普通に吸っていた。

オーストラリアはタバコの税金がとても高く、日本と同じように一箱(20本)買えばなんと¥500もする。

その代わり、日本ではあまり見られない紙巻きタバコが売られていて、これだと150本ほど作れる

タバコの葉が¥800くらい。(いずれも当時のレートで)

板さんも自分もこの紙巻きタバコを吸っていたが、これまた荷物軽減のために1つだけ持ってきていた。

しかし昨日から続いている雨で、雨宿りしたりテントの中にずっといたりと、バイクに乗っているよりも

雨宿りしている時間のほうが長く、また狭いテントの中で精神的にもかなり辛い状況が続いているので、

気を紛らわすためにどうしてもタバコばかり吸ってしまう。 あっという間に葉っぱがのこりわずかと

なってしまった。

この紙巻きタバコ、上手に巻くのにもコツが必要で、毎日吸っているのでもちろん上手に巻けるように

なっているのだが、残り少ない葉っぱを少しでも長持ちさせるために、1本をものすごく細く巻くようにして

吸っていた。いよいよ最後の一本となった時・・・

「これでラストやなぁ、一口ずつ交代で吸おう」

極限の状態にあっても相手を気遣う余裕がある男、それが板さんだ。

さらに、この紙巻きタバコ、フィルターがなく端から端まで吸えるのだが、指で持っているので熱くて

普段は普通のタバコのように何センチか残った状態で火を消す。しかしこのナラボーでのタバコ、それも

ラスト一本となると値千金、根元まで、巻いたタバコを少しでも長く吸えるようにフォークの

間に挟んで、そして一口ずつ交代で吸っていたのである。

生涯で一番味を噛みしめながら吸ったタバコ・・・




天は我々を見捨てたか・・・

 タバコがなくなった後も雨は容赦なく降り続く。もうまる24時間以上もテントの中で過ごし続けている。

精神的にはもう限界が来ていた。これが一人だったらほんとに発狂していたかもしれない・・・

あれから9年も経った今となっては当時の辛かった思い出をすべてよみがえらせることはできないが、

ローソクの灯りでテントの中を照らし、かつて経験したことがない極限の状態での自分を

忘れないために、2人の心境をそれぞれノートに書き留めておいた。 以下ノートの原文



シャワー浴びたい、ベッドで寝たい、冷たいビールが飲みたい、ウィスキーも飲みたい、

人と語り合いたい、太陽が見たい、星空も見たい、おいしい物が食べたい、街の灯りが見たい、

まだまだありそう。

Kalgoorlie から 600km  Cook まで300km 、ナラボー平原の真ん中に2人。

見渡す限り360度地平線の中に、ただでさえ何もなく困難な道なのに、天は俺たちに試練を与えたのか。

昨日の夜は嵐と雷、今もまた雨が降り止まない。道は水でぬかるみになり、少しでも足を

踏み入れようならたちまち転倒。両サイドのブッシュは頭ほどもある石がごろごろし、

走ることはできない。前にも後にもまったく動けない。このまま雨が続けばどうなるだろう。

水は2人で7リットルほど、食料も少々、3日分はないだろう。

叫んでも誰にも聞こえず、車はまったく通らず、そばを通る汽車が鳴らすホイッスルだけがかろうじて

人の気配を感じさせる。早く雨よ止んでくれ。テントの中で聞く雨の音は本当につらい。

何もすることがないままどれだけの時間を過ごせばいいのか。今できることは何もなく、

「3日後あたりにはもう Cook でビールを飲んでいるに違いない」

そう思って自分を元気づけているが、止まぬ雨の音とどこまでも続く厚い厚い真っ黒な雲を見ると

本当に泣きたくなる。あぁもう疲れた。  93/12/1  ROOKIE




ダートなんかだいっきらい。なぜ俺がダートに入ると雨が降るの? 俺はダートを走ったら悪いのかい。

神様、仏様、雨をやませて下さい。こんなのいやだー。俺はオーストラリアを楽しみにきただけで、

苦しい思いはしたくない。早くここを抜けてメルボルンに帰りたいよー。

ふろにもはいりたい。こんなトイレにもいけない所はいやだー。

たぶん一人だったら汽車でもとめているな。

早く雨よあがってくれー。小便したいよー。 クソしたいよー。歯 みがきたい。

雨やんでくれー。  板前ライダー返上 ダート雨男 TAKAYA  




テントのすぐ横には大陸横断鉄道が走っていて、一日に数本の列車が通っている。

いよいよとなったら列車を止めて救助を求めることができるが、これをやると罰金$4000 に加えて

全国ニュースで取り上げられてしまうという特典つき。

列車が通ることによって、遭難して死ぬことはないと言う保険があったが、その手段だけは

なんとしても避けたかった。

この日の夜も雨は降り続き、翌朝 つまりこの場所にテントを張って3日目の夕方、ようやく

太陽が顔を覗かせた。 一日中テントの中で、寝るくらいしかやることがなかったので、

テントの中にいても神経は研ぎ澄まされる。なんかいままでと感じが違うぞ・・・

とテントから顔を出してみると今にも地平線に沈みそうな夕陽が見えた。

「やっと太陽が見れたよ、太陽がこんなにありがたいと思ったのは初めてやわ」

水と食料の残りが不安だったので、先日食事をさせてもらったルーンガナまで25kmを歩いて戻って

助けを求めることにした。今日はもう日が暮れるので明日出発だ。


ごらんの通り水浸しで走るどころではない。
歩くのもままならないほど泥でぬかるんでいる。

両サイドには水が無いように見えるが、草が
生えていて見えにくいのと、大きな石が
ゴロゴロしていてとてもバイクで走ることが
できるような状態ではなかった。










ここにテントを張って3日目の夕、テントから顔を
出してみたら

「おおっ なんか明るいぞ!!」

と嬉しくてテントのファスナーを開けた
隙間から撮った写真。



バイクのフロントフォークと前輪のシルエットが
キレイでしょ。









夕陽がまぶしいぜ!!

やっと顔を覗かせた太陽を見つめる
板さん。

この夕陽を見たときはほんと嬉しかったよ。











ナラボー2 はこれでおしまい。次は作業員さん達との生活、
そしてナラボー脱出です。  実はまだトラブルが・・・お楽しみに。


ツーリング写真館もどうぞご覧ください

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