2012/04/08 ボランティア1日目

 3月26日の夕方に岩手県遠野市に到着しました。遠野まごころネットと言うボランティアの
拠点がこの町にあります。内陸部にあり、津波の被害を受けていないので、比較的早く
復興しているように思えました。

去年相馬市へボランティアへ行った時は、活動中の写真は撮影は自粛と言うことであまり
ありませんでしたが、震災から1年、今は風化して震災の影響がなかった人々から忘れ
られていくのを少しでも減らすため、今でもまだ復興にはたくさんの応援が必要なんだと言うことを
アピールする意味もあって写真撮影もあり、ホームページやブログにアップするのもO.K.
ということでした。


岩手県遠野市の位置。ここを拠点に毎日釜石市や大船渡市・大槌町などにボランティアバスが出発しています。



ボランティア活動をするためには、受け入れ先のボランティアセンターが指定するいろんなモノが
必要となります。どこのボランティアセンターでも大抵は必要とされるモノですが、

@ボランティア保険への加入
A長靴
B釘踏み抜き防止インソール
C帽子またはヘルメット
Dゴーグル
Eマスク 
F軍手・ゴム手・革手(3種類とも必要)

などがあります。最低限上記のモノが揃っていなければ、現地へ行ってもボランティア活動に
参加させてもらえない場合があります。私は元々現場作業員なので上記のモノはすべて
前もって持っていましたが、子供達の分をそろえるのに結構お金がかかりました。(;^_^A アセアセ

写真は左の長靴と釘踏み抜き帽子インソールがボン2号用、右の長靴はつま先と靴底にも
予め鉄板が内蔵されている安全長靴。今回のために買いそろえました。



遠野まごころネットと言うボランティアセンターは遠野市浄化センターの敷地内にあります。
右手のプレハブも正面の建物も遠野まごころネット関係の建物。



建物内に入るとこんな感じ。この廊下の奥の右側が女性用、手前の左側が男性用の宿泊棟に
なっています。廊下左手はキッチリ分別されているゴミ箱、右手にはいろんな方や、ボランティアを
応援してくれる企業等が差し入れしてくれたモノで誰でも自由に飲食できるジュースやスープ類が
置いてありました。毎日みんなで掃除しているので隅々までキレイですよ。(^_^)



これまでにボランティアのみなさんが残していったと思われる、調味料類やお酒などがここに
置かれていて、誰でも自由に飲食できます。右手の白いのは給湯器。



電子レンジ2台とトースター
朝は結構混雑しそう。(笑)



右に見えるのは仮設トイレ。ここで宿泊する人はみんなこのトイレを利用します。


 毎日17時10分からボランティア全員が集まってミーティングが始まります。 今日の活動報告や、
その他伝達事項の報告、明日のボランティアの求人の案内などなど。初めてここでのボランティアに
参加する人は、ミーティングの後続けてオリエンテーションを受けます。


日が変わって27日の早朝、昨日は晴れていたのに今朝は白くなっていました。{{{{(+_+)}}}}寒ううぅ〜



遠野浄化センター内にあるボランティアの拠点となる遠野まごころネットの建物 すべて仮設建物



ボランティアセンターでの宿泊は、22時消灯、6時
起床です。写真は朝6時半くらい。ボン達はまだ
寝ぼけ顔。 \(~o~)/ふあぁぁ

長男のボンは私と身長が同じくらいなので私が
普段仕事で来ていた作業服をそのまま着させ
ました。ボン2号はまだ小さいので、Sサイズの
ヤッケでなんとか格好を作ったのだ。(笑)

ボランティア活動中の食事はすべて自前です。
毎回外食ばかりもしていられないので、朝食は
出発前に自宅近くのスーパーで買ってきた
電子レンジご飯と缶詰。(笑) 
温かいご飯が食べられるだけでも十分幸せ。(^_^)



ボランティア1日目の活動場所は大槌町になりました。ボランティアセンターが用意したバスに乗って1時間半ほど。



何台かのバスに分乗して行きます。たくさんのボランティアで補助椅子まで満席。



ボランティアセンターから現場まで結構遠いので、途中に釜石の街中でトイレ休憩があります。
釜石も津波で甚大な被害を受けた地域、写真のようなプレハブの建物で商店が営業を
始めています。



釜石の仮設商店街。2階建てのプレハブの建物にいろんなお店が入ってます。
このスナックラピュタも漁師さん他、かつての常連さんがやってくるのかな・・・。



頑丈なボディの車もごらんのようにグシャグシャになってます。津波のパワーは凄まじい。



震災直後の大槌町赤浜地区。私達が活動したのは写真中央の建物の上に乗っている白い遊覧船の右側周辺。
(今は遊覧船は撤去されてありません)



現場に着きました。今日の活動は津波で壊滅し、基礎だけが残っている住宅跡地の清掃。
海に近くて、津波の危険が今後も考えられるので、もうここには住宅は建たないかもしれませんが、
かつてこの地に済んでいた住人達にとっては、家族団らんをしていたリビングはじめ、いろんな
思い出がたくさん詰まった家だったわけです。その家に区切りをつけると言う意味で、この清掃活動は
「家のお葬式」と言う位置づけだと説明を受けました。 



私が行った日は、60人ほどのボランティアが5班に分かれてそれぞれの住宅跡地を清掃して
いました。地元の中学生グループも先生と一緒に来ていて、みんな頑張ってたな。
震災直後はそれはもうすごい量のガレキの山だったのですが、この1年の間に重機で主なガレキは
片付けられました。しかし津波で運ばれた泥に埋まった小さなガレキ類はまだまだたくさん
残っていて、これは重機では清掃できないので、人海戦術での取り組みとなります。
食器類のカケラを見た時は「この食器で毎日食事してたんだろうなぁ」とか思ったり、カメラがそっくり
そのまま出てきたり、子供のオモチャとか、ホントに普通に家にあるようなモノがたくさん
散らばっていて、1年前まではここで人々がたくさん暮らしていたんだなぁと思うとなんとも言えない
悲しい気持ちになるのでした。



被災地の人達、ただでさえ復興が簡単でなくて大変でしょうに、ボランティアの人達のために
炊き出しをしてくれる方もいました。写真の白いバンがお昼休みにやってきて、無料で豚汁を
振る舞ってくれました。かなり寒かっただけに温かい豚汁がとっても嬉しい・・・(^_^)



ボランティア活動での昼食は、自前で用意するのが原則なので、前日か当日の早朝にコンビニなどで
おにぎりやパンを調達して行きます。当然昼食には温かい食べモノなど食べられません。
この日天気は良かったものの、気温はとても低くて寒かったんで、温かい豚汁はホント感動モノでした。



昼休み。こんな感じで各自適当に陣取って持参した昼食を食べます。うちはコンビニで買った
おにぎりと、富山の自宅から箱ごと6本セットで持って来た2リットルの天然水。
ちなみにこの白い建物、先の写真で遊覧船が上に乗っていた建物です。



大槌町赤浜地区。写真の右手の方に赤浜小学校があったのですが、職員の適切は判断で素早く
高台に避難したので、この小学校では児童・職員とも全員無事でした。 児童はもちろん、
先生だってこんなに大きな地震や津波など経験したこともなかったでしょうに、安易に考えず、
すぐに行動に移したことが多くの命を救ったのでした。



神社の鳥居、鉄筋コンクリート製なのにポッキリ折れてしまってます。



ウチのボン達の活動時の服装。右の長男は私と同じ作業服に上下ヤッケ、左のボン2号は、中身は
普段の私服でSサイズのヤッケ着用。作業員用品店で探したのですが、さすがに子供用のヤッケは
なくてSサイズが一番小さかったのですが、それでもダブダブ。(笑)
帽子とマスクはここのボランティアセンターでの活動時は必須アイテムでした。長靴も全員、
釘踏み抜き防止の中敷き着用です。



この写真は、津波から町を守る防潮堤の上から撮ったものです。高さ5〜6mくらいはありそうな
頑強な防潮堤でしたが、15mの大津波の前には無力でした。以前は住宅が並んでいた大槌町
赤浜地区ですが、写真中央の民宿だった建物を残し、ほぼ壊滅です。 写真手前の端も震災後に
架けられた仮設の橋です。黄色と白の柄が目印のシェルのガソリンスタンドもあったのですが、
建物は跡形もありません。



「ひょっこりひょうたん島」のモデルと言われる蓬莱島



住宅跡地の基礎に観音様の像が置かれていました。キレイに置かれていたので、これは震災の
後に誰かが置いたんでしょうね。



津波をかぶって完全に塩害を受けているはずですが、住宅跡地の基礎の中から、新しい芽が
出ていました。力強く成長するんだぞ・・・。



今回のボランティア活動時の休憩場所に使わせていただいた民宿だった建物



これは震災直後の写真。上の写真の民宿の上にこのように船がほぼ無傷で乗っかっていたのでした。



ボランティア活動を終え、遠野市のボランティアセンターへ戻る途中です。仮設プレハブの建物で
大きな商店街ができていました。こんな地方の漁村部でもツタヤがあるんですね。



地元でも評判と言われるシフォンケーキのお店。是非とも食べてみたかったのですが、3人で
食べるには大きすぎたので今回は断念・・・(;^_^A アセアセ



こんな感じの2階建てでいっぱいお店が入っています。



ボン達はボランティア活動のご褒美(笑)にソフトクリーム。 大判焼きもいろんな味のモノが
あっておいしそうだったな。(^_^)


現地でのボランティア活動は14時30分に終了。そこから道具類の片付けをし、バスに乗って
途中休憩を挟み、遠野市のボランティアセンターに戻ってくるのは16時過ぎくらいになります。
17時10分からは毎日ボランティア全員が集まってのミーティングがあり、それが終わると
22時の消灯までは各自の自由時間です。


ボランティアセンターでミーティングが終わった
後の自由時間の様子。自炊する人もいれば、
お風呂へ出かける人もいたり、買い物へ行く人も
いたり・・・。

この部屋で、1人畳1畳が割り当てられて、
寝袋で就寝します。
春休み期間中とあって、学生
も多く、私が滞在した期間中は常に満員でした。

いびきがうるさくて眠れない・・・(笑)



奥には洗面台が4台、手前には洗濯機が3台あります。洗濯するのはいいけれど、乾燥機はないし、
夜は氷点下になるので洗濯モノは干していても全然乾きません。(*_*) 私は洗濯だけここでして、
車に乗って街のコインランドリーに乾燥だけしに行っていました。

ここでちょっとハプニング・・・。 街中のコインランドリーに行ったけど専用の駐車場がなく、すぐ隣に
あったショッピングセンターの駐車場に車を停めて洗濯物を乾燥させていたのですが、乾燥が終わって
車に戻ろうとしたら、駐車場の出入り口がチェーンで施錠されている。( ̄□ ̄;)!!
「車出られへんやんけ〜 ( ̄□ ̄;)!!」 
なんとかしてチェーンを外せないかと暗闇の中探してみたけど、しっかり鍵がかかっています。(*_*)
子供達はボランティアセンターに残したまま1人で乾燥に来ていたので、このままここの駐車場で
車中泊するわけにもいかず、ショッピングセンターの建物の周りを一周してみたら、守衛さんが
いる事務所を発見。そこで事情を話すとすぐに鍵を開けてくれました。(^。^;)ホッ 
お騒がせして申し訳ありませんでした。m(._.)m ペコッ



宿泊棟には男女合わせてちょうど100人くらいのボランティアが泊まっているので、朝晩は結構
混み合います。みんなで譲り合いなのだ。(^_^) 22時前に歯磨きを終え、そろそろ消灯・就寝
時刻です。 (^_^)/~~サヨナラ・・・・オヤスミナサイ・・・ また明日


 去年ボランティアに行った福島県の相馬市と比べると、非常に大勢の人がいるボランティア
センターでして、到着した日の夕方から翌朝にかけては結構緊張しました。でも、ボランティアって
短期間で入れ替わりが激しいので、1日経験すればもうベテランです。(笑)
次はボランティア2日目の様子です。ページができるまでしばらくお待ち下さい。


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